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非まじめという経営感覚(宇佐美の親父との出逢い 社内研修11)

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非まじめという経営感覚(宇佐美の親父との出逢い 社内研修11)

2020年04月25日

 宇佐美史郎氏の思い出。とにかく氏との思い出はつきません。思い出すと涙が出てくるものもあります。人生において、よくこの方と知り合いになれたと神様に感謝しています。
 あるとき、これも出張帰りでしたが、夕食を共にしました。たしか鯨かつかなんかを食べた覚えがあるのですが、氏も同じものを頼みました。出てきたものがショウウインドウの見本とかなり違っていました。
   出てきたものを見て、氏「宝徳、店長を呼んで来い」。 私はピンときましたので、「おやじさん、いいじゃないですか。よくあることだから」といいま した。 氏「俺はお前にいつそんないいかげんなことを教えたか! いいか宝徳、商売はなうそをついたらだめなんだ。 まっすぐに商売をするんだ! いいか ら店長呼んで来い!」。ものすごい剣幕でした。
来た店長に対し「宝徳、この店長に言ってやれ」 私(心の中で)「自分で言えよ~」
「はやく言え!」 でしぶしぶその店長に言いました。 その店長は謝るどころか、なんでそんなことを言われなくてはならないか、というような渋い顔をし ていました。その顏を見て私は、「あ~、この人は自分の仕事に責任も誇りももっていないなぁ」と感じました。氏の顔を見るととても悲しそうでした。

 

 

 

自分でも気をつけていることですが、作業と仕事は違うということ。同じ行為をどうせするならば、人を幸せにすることっくらいに高めることが仕事で す。例えば、ガソリンスタンドで、いらっしゃいませを言うときに、本当にお客様が来てくれてうれしいと思って言うのか、そのような決まりだから言うのか。 同じ時間を費やすのであれば仕事のほうがいいにきまっています。いらっしゃいませを作業的に言っているとすれば、言葉と心が違うので、さっきのショウウイ ンドウと実物が違うのと変わりがないでしょう。

 

 

 これからの日本は確実に人口減社会になります。私たち一人ひとりが、ひとつひとつの行動の価値を高めなければ、この日本はただの三流国になってしまいます。でも、大げさなことではなく、こういったことをきちんとやればいいんですよね。

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